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お久しぶりです。
震災からもう一か月がすぎ、その来週には二カ月となります。

遅くなりましたが、今度の震災で被災されました皆さま、お亡くなりになった方、心よりお見舞いとご冥福をお祈りいたします。

まだ余震も続きますなか、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
ネット内で仲良くしていただいていた方々も元気であることを願っています。
そして、長らく心配をおかけしました。

3月11日。運が悪かったと言うと、言い方が悪いかもしれませんが。
私はその日、朝から仙台へ出かけていました。
仙台市内から海沿いへ。
その日の夜にはこちらへ戻る計画でした。

共に行動していた数人の友人と、チャーターした小型のバスでの移動です。
日帰りの予定でしたので大した荷物も持たず、土地勘もないままの旅でした。


今回の震災は、私の価値観から何もかもを変えました。


家族と連絡を取れたのは震災から二週間後。
帰ってきたのはつい先日、一ヶ月後。

不幸中の幸いか、友人とも怪我無く無事でありました。
それでも、明確にはできない何かを失い、また何かを得…

小説書き、字をいじってる者として、はじめて“言葉を失う”ことの意味をしりました。
轟音と阿鼻叫喚、顔をあげた次の瞬間には先ほど見ていた景色はなく。
ただただ、周りの流れに身を任せるままに津波から逃げました。

土地勘もないなか、ただ遠くに見える山々を目指して。
言葉もなく。


いままでの約20年間。
自分がセクマイであること、鬱、たくさんのことを悩んできた。
それなりに自分の考えを確立してきたという自負がありました。

母親を求めて泣く子供、痛みを訴えて叫ぶ人、ひたすら瓦礫を掻き分け何を探す人。
いままで自分の知らない世界と、知らなかった恐怖。

いま思うと、本当に怖かった。
怖かった。
これからどうなるかも、周りにいる人でさえも怖かった。

この震災で私が得たものは、今メディアで放送しているような“絆”や“希望”ではなく
きっと

生きたいという“欲求”

こんな事態になって初めて、私は心から生きたいと思った。
心から家族に会いたいと思った。

鬱の治療を受けていたとき、薬を飲んでいたときには知らなかった感情を初めて知った気がします。
被災地から戻るバスの中、津波の爪痕を、その中で生き抜く人を見ました。

教科書の白黒写真でみた戦後の写真のように、なにもなくただっ広い茶色い景色の向こうに穏やかな海が見えました。

詳しいことは語っていませんが、ただ一つこれを読んだかたに知ってもらいたいこと。
この国は生きています。

生きようと、生きたいと必死になっている人がこの国を生かしています。
今大切なことは確かに絆かもしれない。

でも、何よりも、今生きている人たちが生きたいと、そう思う気持ちが大切なのではないでしょうか。
生きる、という意味をいま一度考え、被災地に心を向けてみてはくれませんか。





最後にもう一度、東北北関東被災された皆さまへ、心からお見舞いと、早い復興を願っています。
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